転生したのに0レベル
〜チートがもらえなかったので、のんびり暮らします〜
168 もしかしてイーノックカウの領主様?
「そうか! そうじゃったのか!」
「なんです、伯爵。いきなり叫んだりして」
いきなりの事に、隣に座っていたギルドマスターが一瞬体を浮かすほど驚いた。
と、同時にとんでもない事を口走りやがったよ、この人。
伯爵? って事はもしかしてこの爺さん、いやこのお方はこのイーノックカウの領主様!?
「おお、それなのじゃが……」
「あの、すみません」
つい出てしまった言葉に反応して、二人の視線が俺のほうを向く。
しまった、領主様? の言葉を遮ってしまった。
だが、今更後には引けない。だから俺は、思っている事をそのまま口にする事にしたんだ。
「先ほどギルドマスターが伯爵様と言ってましたけど、もしかしてこのイーノックカウの領主様なのでしょうか?」
このイーノックカウには子爵や男爵、それに騎士爵などの貴族が複数いるらしい。
でも伯爵位の貴族はただ一つ、イーノックカウの領主様の家だけのはずなんだ。
だから伯爵と呼ばれた以上、彼は領主様のはずなんだが、
「いや、わしは領主では無いぞ」
あっさりと否定されてしまった。
「えっ、でも先ほど伯爵と」
「ふむ。ギルマスよ、そなたがいつもそのように呼ぶから間違われてしまったではないか」
「申し訳ありません、ロルフさん」
お二人の話によると、この伯爵と言うのはロルフさんの通称のような物らしい。
そして常にそんな呼び方をしていたから、ギルドマスターが驚いた表紙についそう呼んでしまったと言うのだ。
「第一、このイーノックカウの今の領主はまだ20代後半じゃぞ。そして爵位を譲ったその親もまだ40代じゃ。こんな年寄りのはずなかろう」
「いえ。俺は領主様が伯爵だと言う事は知ってますけど、それがどんな方なのかは知らないんですよ。絶対に会う事のできないほど偉い方ですから、調べようと思った事も無いですし」
そりゃあこの町に住んでいれば知る機会はあるのかもしれないけど、俺みたいな村人が貴族様がどんな人なのかなんて知ってるわけが無いんだ。
何せ絶対に交わる事の無い人種だからな。
「ふむ。そう言えばそうじゃのぉ。じゃが、カールフェルトさんの場合はまったく関係ないとは言えんぞ」
「貴族様と俺が? まさか」
「いいえ。その可能性は十分にありますよ」
流石にそれは冗談だろうと思ってそう言って笑ったんだけど、そんな俺にギルドマスターまでがこのロルフと言う爺さんの言葉を肯定したんだ。
だが何故だ? どんな事が起こったら、ただの村人である俺が貴族様と関わるって言うんだろうか。
まったく想像もできない状況に俺が困惑していると、ギルドマスターがその理由を教えてくれた。
「実はですね、先日錬金術ギルドにお持ち頂いた雲のお菓子の事が領主様のお耳に入ったらしいのです」
ギルドマスターが言うには、イーノックカウの領主と言うのは美食と芸術に目が無い人らしくて、ルディーンが作ったあの雲のお菓子を大層気に入ったらしいんだ。
「ですから本来なら前にお話したとおり、この時点であの雲のお菓子の製造法を商業ギルドに登録してその販売をしているはずだったのですが、それが止められてしまっているのです」
「うむ。何せ領主があの菓子を中央の社交シーズンの武器として使おうと考えておるようじゃからのぉ。そんな物をおいそれと商業ギルドに伝える訳にもいくまいて。どのような問題が起こるか解らぬからな」
なんと、そんな大事に!? でもあれ、うちの村では小さな子供でも気軽に食べてるんだけど……。
「それにじゃ。わしの予想が正しければ、その他にも領主が目に止めるであろう事が幾つかあるのじゃよ」
「幾つか、ですか?」
いやいや、流石にそんな事はないだろう。
俺は心の安寧を保つ為に必死にそれを否定しようとしたんだけど、それは無駄な努力に終わった。
「ええ。まずルディーン君が持ち込んだ肌と髪の毛、二つのポーションの事が領主様の耳に入れば間違いなく興味を惹かれるでしょう。それに大量の魔力を含む事が解った魔物の内臓の肉も、当然情報としての価値はとても高いです」
「それにのぉ、これは薬師ギルドから先に中央に伝わるであろうが、食事に使える薬草の発見もかなりとまでは行かぬがそこそこの話題になると思うのじゃよ。それほど高額にはならぬじゃろうが、これにももしかすると褒賞金が出るやもしれん」
なんだそれ。ルディーンが関わってる話ばかりじゃないか。
じゃあ何か? これからルディーンが色々な物を思いついたら、それによってお貴族様とかかわりが出てくるかもしれないって事か?
「それは困ります! 俺はともかく、ルディーンはまだ子供なんですよ? なのに、貴族様と係わり合いになるなんて」
「うむ。わしもそれを危惧しておるのじゃよ。じゃからなるべくルディーンの事が領主の耳に入らぬようにしておる。じゃが、いずれ何かしらの話は入るであろうからのぉ、その時はカールフェルトさんに弾除けになってもらわねばならぬのじゃ」
なるほど。だから俺が領主様と関わらなければいけないって言う訳か。
だが、それでルディーンを守れるって言うのなら何の問題も無い。
「そういうお話でしたら、俺は喜んで協力しますよ。ルディーンは大事な俺の息子ですから」
「うむ。その時は声をかけさせてもらうとしよう」
こうして俺とロルフと言う爺さん、そしてギルドマスターの3人でルディーンを貴族から守ると言う話が纏まったんだ。
「そう言えばロルフさん。先ほど何かにお気付きになられたようですが、あれは何だったのでしょう?」
「む? おう、そうじゃった。そう言えばそれもまた、領主の耳に入ったら一悶着ありそうな案件じゃったのう」
やっとこの話が終わったと思ったのもつかの間、また何か問題が発生したみたいだ。
まったく、ルディーンはどれだけ問題の種を抱えてるんだ?
「一悶着ありそうだとは?」
「うむ。ルディーン君がわしに何を隠していたかに思い至ったのじゃよ」
「まぁ、それは何ですの?」
ロルフ爺さんの言葉に、興味深目に笑顔でそう聞き返すギルドマスター。
そんな彼女に、この爺さんは笑顔で長い顎鬚をなでながらこう答えたんだ。
「彼は別に隠そうとした訳ではないのじゃ。わしが悲しまぬよう、黙っておいてくれたのじゃよ」
どうやらルディーンは先日このイーノックカウを訪れた時に、なにやら新しい調味料を作りたいと言い出したらしいんだ。
だがその調味料はすでに存在していたらしくて、ルディーンは凄くがっかりしたらいい。
「その調味料は卵のビネガーソースと言ってのぉ、作れる料理人が少ない為に貴族でも大きなパーティーでもなければ口にする事ができぬ貴重な物なんじゃよ」
その貴重なソースなんだが、どうやらロルフ爺さんの家の料理人は作る事ができるそうで、実際に作るところを見せながらルディーンに自慢したらしいんだ。
でも、それとルディーンとどう繋がるんだ? そう思っていたら、
パン!
横に座っていたギルドマスターが両手を叩き、何かに気が付いたようににっこりと笑ったんだ。
「なるほど、そういう事だったのですね。ルディーン君らしいわぁ」
「そうであろう、そうであろう」
そしてロルフ爺さんも、ギルドマスターに頷きながらそう答えている。
だがなぁ、俺には何がなんだかまったく解らないから、すっかり蚊帳の外だ。
「おお、これはすまんかった。そう言えばカールフェルトさんには何がなんだか解らなかったじゃろう。実はな、先ほどルディーン君から頼まれたと言う買い物の品が、その卵のビネーガーソースの材料なのじゃ」
「ええ。だからロルフさんは気付かれたのですわ。ルディーン君が村で使っていると言う魔道泡だて器があれば、きっと誰でも卵のビネガーソースを作れてしまうのだろうとね」
なるほど。うちの料理人ならその貴重なソースを作れるんだぞと嬉しそうに言っている相手に、魔道具があれば誰でも簡単に作れるよなんて言えないわなぁ。
あれ? 理由は解ったけど、それはルディーンとこの爺さんとの間の事だよな? それが何で領主と関わって来るんだ?
そう思った俺がその疑問を口に出すと、
「今まではほんの一部の料理人しか作る事ができなかったものを作り出せる魔道具じゃぞ? その上、その魔道具では卵のビネガーソースだけでなく生クリームを使って作るホイップクリームと言うお菓子まで作れると言うではないか。美食に目が無い我が……あ〜、うちの領主がそのような便利な魔道具を放って置くはずがなかろう」
なるほど。そう言う事か。
って事はこの間作ったカキ氷機の話はしないほうがいいな。もし話してしまったらもっと話がややこしくなりそうだし。
うん、帰ったらルディーンにきちんと口止めをしなくては。